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立ち読みコーナー
米英にとっての太平洋戦争(上)
クリストファー・ソーン / 市川洋一 訳
まえがき

 本書はそれ単独で読みとおすことのできる本ではあるが、多くの点でさきの一九三一〜三三年の極東危機と西側諸国についての研究、『満州事変とは何だったのか』(The Limits of Foreign Policy)の続篇をなすものである。すなわち本書は、日本の満州侵攻後の極東における西側諸国の政策や行動と、それらの相互作用の理解のために、これまで九年間にわたって研究してきた結果であるが、その点で前著の研究をさらに一歩進めたものである。前著の場合と同様、今回の一九四一〜四五年の対日戦争と西側諸国との研究においても、公刊資料の欠けていたもっとも大きな領域は、イギリスの政策に関するものであった。また前著と同様、今回もイギリス側の事情を他の西欧諸国、とくにアメリカ側の事情と切り離したままで満足することはできなかった。そこで、新たに公開されたアメリカ側の資料を利用することにした。なおアメリカの極東政策や行動も、いっそう広い関連のもとにおいてこそ、理解はより深まるだろう。
 さらに、作業範囲の膨大さに二の足を踏みたくなるとしても、他の点からも研究の領域を広げることが必要であった。すなわち地理的には、アメリカやイギリスのみならず、フランス、オランダ、オーストラリア、ニュージーランド、そしてさまざまな点から極東戦争(著者は太平洋戦争のことを「極東戦争」と呼んでいる)にかかわった地域、さらにこの間に西欧諸国が直面した問題にかかわったすべての地域を研究対象地域のなかに含めた。そのためオランダやオーストラリアの未公刊資料を広く利用しなければならなかった(フランスの場合は未公刊資料の利用はできなかった)。さらに前著の場合と同様、今回も年代的にもいっそう広い背景のもとにおいて見ることにした。戦争のあいだのイギリスやアメリカのそれぞれの政策や相互作用を十分に理解するためには、十九世紀、さらには一七七六年のアメリカ独立宣言の年からの動きを考慮に入れることが必要だと思われたからである。そして対日戦争の国際的な余波やその結果についても、きわめて大ざっぱなかたちではあるが、若干ふれることにした。
 さらにもう二つの点からも研究の領域は広がった。すなわちまず一つは、本書ではイギリスの公式戦史とは違い、戦略的、軍事的な動きと、アメリカ国務省やイギリスのインド省、オーストラリア外務省やオランダ閣僚会議などの、より「政治的」な動きとを結びつけようとしたことである。もちろん、これらの動きをそれぞれ個別に論じる利点はある。だが本書では、ハワードのイギリスの『総合戦略』(Grand Srtategy)シリーズやロスキル大佐の『海戦』(War at Sea)、S・E・モリソンのアメリカ海軍の日本との戦いについての膨大な記述のような本に見られる、戦略問題や軍事行動の詳細についてはふれなかった。外務省担当の戦時中の業務と参謀や現地司令官の業務との区分は、本質的には便宜的なものであり、本書では、関係各国のすべてについて、この両者をまとめて論じることにした。
 第二は、極東での英米両国の戦いはこの両国の全体的な関係のなかで行われたのであり、その全体的な関係も考慮の対象においたことである。イギリスとアメリカの戦時中の協力関係という問題は独立して扱うに値する問題であり、そのような本も現にいくつかある。だがアメリカの中国へのかかわり合いも、アジアと西欧を包含する、より広い背景のもとにおいて見ることによっていっそう分析が深まるのと同じように、スエズからカリフォルニア海岸にまたがる地域に関するイギリスとアメリカの関係も、世界全体における英米相互の関係に照らしてみたとき、よりいっそう認識は深まるだろう。そのうえ、極東での英米相互の関係は、本書で明らかにしようとしたように、逆に英米の全体的な協力関係の性格や動きに影響を与えたのである。
 以上の結果、作業領域は過大になり、それを十分にこなすには歴史家からなる一つのチームを必要とすると思われるほどになった。だがその点は認めながらも、このような研究は問題の総合的な研究であり、それだけに試みてみる価値のあるものであると思われたし、たとえあたらなければならない国や文書保管所が増え、そのために精力の集中に欠ける恐れがあるとしても、グループでやるよりも一人でやるほうが適当だと思われたのである。いずれにしても著者としてはそのような仕事のやり方のほうが楽しい。
 以上のように研究領域が広く、複雑なため、著者としては、そこから同盟関係について一般的な結論を引き出すことはしなかった。それにイギリスとアメリカの戦時同盟(より正確にいえば準同盟)は多くの点で特殊なものであり、それを同盟政治の研究のための材料とするには多くの条件や限定を必要とするということもあった。国際関係の研究についてのいわゆる「科学的」方法に関しては、前著の序文にも述べたように、この分野でのこれまでの著作や主張のなかには、著者としてはその価値についていぜん懐疑的なものが見られる。にもかかわらず国際史の研究者が政治学者や社会心理学者から学ぶものは多いと思われる。そのため一九四一〜四五年の太平洋戦争のあいだの政策の検討を始めるにあたって、一般的な対外政策の分析に関する著作の助けを借りた。だが前著の場合と同様、今回も最終的なかたちに仕上げる前にそのような分析のための足場は取りはずしてある。


クリストファー・ソーン
一九三四年、イギリス生まれ。オックスフォード大学セント・エドムンド・ホールで現代史を専攻。戦後の英国海軍に従軍、駆逐艦に乗り組んでいた経験がある。サセックス大学で国際関係論の教授を務めていたが、九二年に癌のため急逝。王立歴史学会、英国学士院の特別会員でもあった。
主要著書:The Approach of War,1938-1939(1967)/Allies of a Kind(1978)、邦訳『米英にとっての太平洋戦争』/Racial Aspects of the Far Iastern War of 1941-1945(1982)、邦訳『太平洋戦争における人種問題』/The Issue of War(1985)、邦訳『太平洋戦争とは何だったのか』

訳者:市川洋一
一九二五年生まれ。四七年に京都大学法学部を卒業。東洋レーヨン、東レ・エージェンシー勤務を経て八五年に退職。訳書:ソーン『太平洋戦争とは何だったのか』(一九八九年)、『太平洋戦争における人種問題』(一九九一年)、『米英にとっての太平洋戦争』(一九九五年)。いずれも草思社刊。