www.soshisha.com
立ち読みコーナー
お母さんはしつけをしないで
長谷川博一
 こんな人は読まないで

 「お母さんはしつけをしないで、なんて、とんでもないことを言うものだ」
 本書のタイトルを見て、こんな違和感を覚えた人は多いでしょう。子どもはしっかりしつけてやらないと、必要な生活態度が身につかず、勉強も遅れ、わがままでいやなことから逃げつづける大人になってしまう。そしてそんな大人が増えると、いずれ社会は腐敗する、と。
 いやいや、けっしてそんなことはないのです。子どもが健やかに育ち、社会に役立つ自律的な大人になるためにこそ、お母さんはしつけをやめたほうがいいのです。そのことを、本書を通して少しでも多くの方にわかっていただきたいと考えています。
 いま、子どもをめぐる環境は、昔とはさまがわりしています。そして、「しつけの後遺症」が、さまざまな問題としてあらわれています。それも教育熱心なお母さんほど、子どもにあらわれる後遺症が深刻なのです。
 本書を通して、世のお母さんたちの「頭」と「心」の両方に向けて語りかけたい、できるなら、一人でも多くのお母さんたちに、と願います。
 読むだけでも確実に、お母さんたちの心にそれなりの「変化」が引き起こされるものと信じています。目に見える変化ではないかもしれませんが、やがては子どものうえに、「かたち」として開花し、家族全体に波及していくことでしょう。
 これは逆に、次のような方には「読まないでください」と、先に断っておかなくてはならないことにもなるのです。読んでしまったせいで望まない変化をよぎなくされ、「どうしてくれるんだ、そんなことを頼んだつもりはない!」と言われても、後の祭りだからです。
 次にあげる「読んではいけない人」に当てはまっていれば、私の本はここで閉じたほうがいいでしょう。これは、修羅場を踏んだ一カウンセラーからの助言です。
 読んではいけない人、それは「子どもという存在」について、次ページに掲げる五項目を強く信じこんでいて、これらの考えを手放すことを、ぜったいに認めたくない人です。「子どものため」という思いこみが強く、自分のほうを変えることに抵抗感を抱いている人なのです。ただし、いまは当てはまっていても、場合によっては「あきらめること」に挑戦してみてもいいと思えた人なら、きっと大丈夫でしょう。
 私の「しつけ論」は、たんなる個人的な経験を越えた、長年の臨床経験から生まれたものですが、それでも一つの持論の域を出ていません。さまざまな見解に接して、自身をかえりみる材料として使ってみたいと考えるお母さんたちも、歓迎します。カウンセラーの仕事は、あくまでも変化を望む人のお手伝いをすることなのですから。

●次の五つの考えを、あなたは手放すことができますか?
 1 子どもの将来のために、小さいうちから勉強させるべきだ。
 2 子どもは努力と忍耐を学び、人に迷惑をかけないようにしないといけない。
 3 子どもはつねに親や先生など目上の人を敬い、言われたことには従うべきだ。
 4 人間は泣いたり怒ったりと、むやみに感情を出すべきではない。
 5 親が子どもの言い分に耳を貸すのは、たんなる甘やかしにすぎない。

 反対に、これらの五つの事項をしつけるのがうまくいかず、以下のようなつらい日々を過ごしている人には、ぜひとも読んでいただきたいと思います。効果てきめんかもしれません。

 6 子どもが思い通りにしつけられなくて、困っている。
 7 子どもが何らかの「問題」や「症状」を呈して、悩んでいる。
 8 子育て下手な自分のことが嫌いで、落ちこむことがある。
 9 家族関係がぎくしゃくしていることに気づいている。


長谷川博一
一九五九年愛知県生まれ。東海女子大学人間関係学部真理学科教授。専門は、心理療法、犯罪心理、パーソナリティ障害など。親の立場から虐待問題にアプローチする「親子連鎖を断つ会」を主宰。学校、警察、児童相談所、裁判所と連携した実践活動や、不登校の子どもの家庭にメンタルフレンドを派遣する活動を行う。おもな著書に、『新版 子どもたちの「かすれた声」』(樹花舎)、『〈私〉はなぜカウンセリングを受けたのか』(東ちづるとの共著、マガジンハウス)、『たすけて! 私は子どもを虐待したくない』(径書房)、『こんにちは、メンタルフレンド』(日本評論社)などがある。