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立ち読みコーナー
頑固な羊の動かし方
――1人でも部下を持ったら読む本
ケヴィン・レーマン / ウィリアム・ペンタック 著 / 川村透 訳
プロローグ

偉大なCEOへのインタビュー
 まだ駆け出しの新聞記者の私は、今週三つ目にもなる記念式典の取材からちょうどもどったところだった。ふと自分のデスクを見ると、「外出中に電話がありました」というピンクのメモが置いてあった。電話の主はジェネラル・テクノロジー(GT)社の社長秘書、クリスティーナ・ニッケルだった。本書の物語は、彼女が私の勤める新聞社、テキサス・スター社にくれた、この予想外の一本の電話からはじまる。
 三週間ほど前、私は編集長をなんとか驚かせてやろうと、クリスティーナに電話をかけていた。その目的は、いまアメリカで最も尊敬されているビジネス界のリーダー、セオドア・マクブライド氏へのインタビューをとりつけることだった。彼は十七年間、GT社をリードしてきた人物であり、彼のCEO在任中、GT社はかつてないほどの成長を遂げた。
 相手はそんな雲の上の存在だ。なので私は、当然断りの電話だろうと思い、期待せずに電話をかけなおした。運良く、クリスティーナが電話口に出た。
「ペンタックさん」と彼女は言った。「マクブライド氏が電話を欲しいとのことです」
「そうですか。あ、あの、インタビューの件ですが……」私は息を呑んで、答を待った。
「はい、OKしてくれたようですよ」
 予想外の答に、私は言葉が出なかった。
 インタビュー当日、私は場の雰囲気に慣れようと、世界にちらばるGT社の本社ビルに、少し早めに着いた。そして、まず二つのことに驚嘆させられた。一つは、そのダイナミックな雰囲気である。きっとこのビルで働く社員たちが醸し出すエネルギーのせいだろう。もう一つは、彼らの働いている姿だ。みな、誇りを持っているのがひしひしと感じられた。
 また、ロビーやヘルスクラブ、休憩所から社員食堂まで、いたるところにスローガンが飾られていた。
『ジェネラル・テクノロジー社──人々こそ私たちの偉大な資産』
「こんな会社で働きたいなあ」
 エレベーターで四十階まで上がる途中、そんな思いが頭をよぎった。
「だれも自分がただの組織の歯車だなどとは感じてないんだ。なんてすばらしい職場だろう!」
 やがて四十階に着き、エレベータを降りると、私はクリスティーナに案内されてセオドア・マクブライド氏の部屋の控え室に通された。
「ようこそ、ペンタックさん」と彼女は言った。「お待ちしておりました。マクブライド氏はいま電話で国際会議中で……。もうすぐ終わりますので、こちらで少しお待ちいただけますか」
「ええ、かまいません」
 ここで私は、少し興味があったので、彼女に探りを入れてみた。
「マクブライド氏の下で、どのくらい働いていらっしゃるのですか?」
 彼女は振り返ると、笑顔でこう言った。
「十四年です」
「そんなに長く勤めてらっしゃるなんて、きっと彼のために働くのが楽しいんですね?」
「ええ、マクブライド氏は、これまで仕えてきたなかで最高の上司です」
「それはすばらしい。なぜ、そう思うんですか?」
 彼女が答えようとしたそのとき、デスク上の電話のコンソールの赤ランプが消えた。電話が終わったサインだ。
「終わったようですね。ご案内しましょう。さあこちらへ」
 私を彼の部屋のドアまで案内しながら、彼女はさきほどの質問に答えてくれた。
「彼は私たちに全力を尽くすことをもとめ、私たちもそれに応えようとします。なぜなら、私たちがそうすれば、彼もそれに十分応えてくれるのを知ってるからです」
 やがてドアの前に着き、彼女がその重たい扉をあけると、そこにはあの伝説の人、セオドア・マクブライドが立っていた。私の心臓は高鳴った。一見、彼はどこにでもいる普通の老紳士のようだった。彼が最初に口をひらいたので、私は少し驚いた。
「ようこそ、ペンタックさん」
 彼は両手でしっかりと私の手を握り、こう言った。
「私がテッド・マクブライドです」
 突然、私は九歳の子どもにでもなったような気がした。自分がここまで緊張するとは、思いも寄らなかった。
 しかし、その場で何分か会話を交わしているうちに、この初老の男性は、すっかり私をリラックスさせてくれた。彼はとても人を惹きつける能力があり、私の一言一言をしっかりと受け止めてくれた。私は、昨晩ずっと考えていたある質問をぶつけてみた。
「一つ教えていただけませんか。私は不思議でならないのですが……」
 私が言い終える前に、彼がさえぎった。
「なぜ、私がインタビューを引き受けたのか、ということかね?」
「そうです」と私は言った。「そして、なぜまた、いま?」
「なぜなら、君はまだ若くて経験もなく、おごり高ぶったところもない。そして『なぜいまなのか』については、いまは知る必要はない。ただ、私にはある理由があるということだけ知っていればいい」
 彼は、ドキドキして小さくなっている私に気づき、こうつづけた。
「そう緊張しなくてもいい。私は年に百もの、このようなインタビューの依頼を受ける。そのどれもが経験豊富な記者やジャーナリストたちからのインタビューだ。彼らはすでに答を知っている。彼らは夜な夜なニュースに飛びつき、独断的に、『マーケットはきっとこうなり、その理由はこうだ』と言う。しかし問題なのは、ある人はマーケットは確実に上がると言い切り、だがある人はきっと下がると、自信を持って言いはるということだ。私に取材にくる連中は、そんなやつらばかりだ」
 彼は辟易したように肩を落とした。
「以前、私がストックオプションの一部を取り崩して現金化したところ、スクープばかりを探したがるある新聞社が、こう書きたてたことがある。『彼は会社の収益が落ち込むというインサイダー情報を握っていた』と。そしてその記者は、私が投資家たちに先駆けて株を売ったことを非難し、証券取引委員会の調査を受けるべきだと主張した。だれもがみな、このニュースに飛びついた。しかし実際には、会社の収益は落ちこまなかった。そう、私はただ、娘の結婚式の費用にと少しの現金が必要なだけだったんだ。
 ペンタック君、私が君を選んだ理由は、君ならきっとそんなふうには書かないだろうと思ったからだ。君の手紙には誠実さが感じられた。くわえて、君はまだ若く、何でも素直に吸収できる。すでに答を知っている人には、『人を動かす偉大な七つの知恵』を教えるつもりはない」
「人を動かす偉大な七つの知恵?」
 私は口のなかでその言葉をくりかえしながら、もしかすると、このインタビューは自分が期待した以上のものになるかもしれないと感じていた。
「そう。わがジェネラル・テクノロジー社が、この十年、アメリカで最も働きたい会社と言われているのも、べつに特別な秘密があるわけじゃない。ただここには、ほかの会社にはない、チームワークの精神があるだけだ。しかしそれは、決して偶然に生まれたものではない」
「それは、その七つの知恵のおかげだと?」
「もちろん。これは、何も五万人の大企業でなくとも、それを理解し、実践することさえできるなら、どんな場所でも生かすことができる。巨大な製薬会社のセールスマネジャーであろうと、小さなファストフードのフランチャイズ店のオーナーでも、教会の日曜学校の先生であってもだ。どんな組織でも、人は同じだ。その知恵を手にし、そのとおりに実行するだけでいい」
「いったい、どうやってそれを考えついたんですか?」私は少し前のめりになって質問した。
「私が考えたんじゃない」
 彼はさりげなく答えると、椅子から立ち上がり、窓のほうへと歩いていった。
「それは、私がこれまで出会ったなかで、父をのぞいて、最も偉大な師から授けられたものだ。彼は、まだ私が君とそれほど年が変わらなかったころ、私にそれを教えてくれた」
 彼は窓の外を見つめながら、じっとそこにたたずみ、そして静かに口をひらいた。
「それを今日、私は君に伝えようと思う」
 私は用意してきた質問のリストを脇に置くと、まっさらのノートを取り出し、一ページ目をぱっとひらいた。


ケヴィン・レーマン
心理学者、ビジネス・コンサルタント、作家、講演家。IBMビジネススクール、シンシナティ・ファイナンシャルYPOなどで、広く講演活動を展開、全米で活躍している。著書に『こんなときどうする?』(いのちのことば社)など。

ウィリアム・ペンタック
組織の活性化の分野において、コンサルタントとして20年以上のキャリアを持つ。作家、コラムニストとしても活躍。エンロンでの勤務を経て、現在はリライアント・エナジーに在籍している。

川村透
上智大学経済学部経営学科卒。プライスウォーターハウスコンサルタント、海外視察企画会社を経て、2000年、川村透事務所設立。「もののみかた」をテーマに講演活動を行っている。著書に『あなたが輝く生き方がきっとある!』(半蔵門出版)、訳書に『なんとなく仕事がイヤッ!』(日本経済新聞社)、『こうすれば、子どもとうまく会話ができる』(PHP研究所)など。