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立ち読みコーナー
さつよ媼 おらの一生、貧乏と辛抱
石川純子 著
おらは生まれたまんま──まえがきにかえて

おらは生まれたまんま
九十六になっても生まれたまんま
なんじょに学校しないもの
だから話をするたって、まっすぐに正直に語るの
うその語りようも知らないもの

おらは貧乏の生き証人
明治も末の貧乏盛りに生まれて
国も貧乏、村も貧乏
なかでもわが家は貧乏者びんぼたがりの一等賞

九つで子守りに貸され
十六で製糸場に売られ
二十一で嫁にくれられ
あとは土方ひとすじ
汗水たらして土を背負い
いくら骨揺ほねほろって稼いでも
いつでも貧乏真っ最中
テレビの「おしん」どころでなかったよ
一番楽だったのは製糸場
テレビの「野麦峠のむぎとうげ」どころか、なんと別天地だったね

おらは貧乏したから
ひもじい人の気持ちがわかるよ
かなしい人の気持ちもわかるよ
だからどんな人にも親切にしたよ
つぁん、教えてくれたもの
「人を助けてわが身助かる」って

おらは人と比べないもの
おらは欲濃よくこくしないもの
うらやましがったり、うらんだりして
心荒らしていられないもの
昔の人たち、おせえてくれたよ
ゆきよくぁ、積もるほどみち忘れる」って

そうやって百歳ひゃくちかくまで生きてきたら
みんな、おらのこと
「さつよさんはいいなあ、入り日明るくて*」って
おら、もとは地獄じごく、いまは殿様とのさまだよ
世の中たいらだね
人は生きてるんでなくて生かされてるんだって

おらは生まれたまんま
うその語りようも知らないから
おらの一生語るたって、ありのまんまだよ

*=若いとき苦労しても老いて幸せなこと。



石川純子
昭和17(1942)年、宮城県生まれ。昭和40年、東北大学教育学部卒業。同年、岩手県水沢第一高校の教諭となり、平成2年、同校を退職。その後は個人誌『垂乳根の里便り』、麗ら舎読書会(主宰・小原麗子)を拠点に古老たちの聞き書きを始める。 著書に『まつを媼 百歳を生きる力』、聞き書きに『名生家三代、米作りの技と心』、編著に『潜水艦伊16号通信兵の日誌』(いずれも草思社)などがあり、それらの活動により平成17年、農民文化賞を受賞した。