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立ち読みコーナー
あなたもこうしてダマされる
――だましの手口とだまされる心理
ロバート・レヴィーン 著 / 忠平美幸 訳
はじめに

 まずは販売員の調査から始めた。タッパーウェアや化粧品から健康や宗教にいたるまで、ありとあらゆるものを売る行商人たちの話術を聞いた。また、会員制の共有別荘や台所用品を売り込む口上に耳を傾けた。わたしたちの一人は、ご近所の家で、たまたまそこに来ていた一人の女性──「フロリダのお友だち」──が部屋いっぱいの友人たちに、「使用者の体内のエネルギーの場を変えることが科学的研究で実証されている、フリーサイズの52型の靴中敷を“たったの七〇ドル+税”で」売りさばく様子をじっくり眺めた。さらにわたしたちは、まさに商売の達人といえる自動車販売員の術中にみずからはまってみた。わたしは、政治家や精神療法医サイコセラピスト、また宗教やカルトの指導者といった、他人の生活をコントロールするためにみずからの技能を使う人びとを観察した。
 また、彼らの影響をこうむる側にいたおおぜいの人びととも話をした。必要のないものを買わされた消費者に始まり、統一協会(統一教会)の元信者やジョーンズタウンの生存者にいたるまで。わが身を救われたと信じている人もいれば、心理学用語をもてあそぶ人心操作狂のせいで人生を棒に振ってしまったと思っている人もいた。
 最後に、わたしはじかに学習するために、商売のからくりを教えるセミナーや研修に参加した。奇術師、読心術者、さまざまなペテン師たちをもじっくり観察したが、なかでもいちばんためになったのは、自動車販売の仕事と、戸別訪問でナイフ・フォーク類を売り歩く仕事だった。
 たしかに本書は、学校で学ぶたぐいの知識もおおいに活用している。この分野の大学教授および研究者として、わたしは「説得の心理」とそれを利用した多くの事例にかんする膨大な体系的調査を研究してきた。これらの科学的な発見は、本書のあちこちに記されているが、報告する研究については、つとめて吟味するようにした。社会科学の研究にたいしてときおり向けられる非難の一つは、わたしたちの発見がしばしば、おばあさんが孫に語って聞かせるたぐいの事柄を、こむずかしい学術用語で表現しているにすぎない、というものだ。だから引用する発見については、できれば驚きのある、そうでなくとも役に立つものを選ぶよう最善をつくした。
 たとえば、相手を説き伏せて自分の考えかたを受け入れさせる、言葉による直接的なアプローチは、幅広く研究されている。研究者たちが考察したのは、ある議論の一面だけを提示するほうが効果的か、それとも賛否両論を提示するほうが効果的か(答え:聞き手がすでにあなたの立場に共感をおぼえいるときは一面的アピールのほうが効果的で、聞き手が対立する議論を考えているときには賛否両論をアピールするほうが有効)、また、慎重に理由づけをした主張をすべきか、感情に訴えかける主張をすべきか(答え:それは聞き手によりけり──教育レベルが高くない聞き手は総じて感情的な訴えに動かされやすく、教養のある聞き手は筋のとおった主張に好反応を示しやすい)といった問題だ。
 しかしメッセージの実際の内容は、説得のプロセスの一部にすぎない。わたしが何度となく学んだように、「何を」語るかよりも、それを「だれが」「いつ」「どこで」「どのように」語るのかのほうが、往々にして重要なのである。説得の達人が利用のしかたを心得ているのは、説得のプロセスの状況設定、コンテクスト、非言語的特性だ。これらの微妙な暗黙の特性こそが本書の主眼となっている。
 調査の結果、わたしは三つの大きな結論に到達した。
 第一に、わたしたちは自分で思っているより説得されやすい。人間は、自分にかぎって他人に操られることはないという奇妙な幻想をいだく傾向がある。この幻想は、相手に悟られないように人を操る策士の狡猾こうかつさに起因することもあるし、別の「正常な」幻想──わたしたちはほかの人びとより有能であり、したがって守りが固いという幻想──から来ることもある。自分は大丈夫だという幻想は、先の見通しがたたない危険な世界で前進するときの心の支えになる。しかし残念ながらわたしたちは、わが身の安全を信じれば信じるほど警戒をおこたりがちになり、その結果、策士のわなにかかりやすくなる。
 第二に、有能な説得者は目立たない。たいていの人は、口のうまい人、つまり押しの強いセールスマンや自信満々のペテン師、利己的な指導者などに警戒すべきだということをよく心得ている。しかし、わたしたちを口説きおとす人びとは、もっととらえどころがない。彼らは一見すると人好きがして、正直で、信用できそうだ。しかも彼らはじわじわとことを進める──実際、あまりにも漸進的なので、気づいたときにはもう手おくれになっていることもある。のちほど論じるように、最も成功したセールスマンは、ちっともセールスマンらしくない。最も効果的な説得は、多くの場合、説得されているという自覚がないときに起こるのである。
 第三に、説得のルールは、その行為者がどんな人物であれ、それほど大きくちがわない。タッパーウェアを売っていようと、永遠を売っていようと、たいてい同じマニュアルの、しばしば同じページを拾い読みしている。わたしは、広告評論家シド・バーンスタインの次の言葉に賛同するようになった。「もちろんきみたちは、石鹸や封鑞ふうろうや何やかやを売るのと同じやりかたで、選挙の立候補者たちを売る。本気で取り組むとき、何かを売る方法はそれしかないからね」。こうした達人たちの戦略の有効性は、たいていの場合、いくつかの原理で説明がつく。勧誘の中身はばらばらでも、形式は似たり寄ったりだ。とはいえ、説得が機械的な行為というわけでは、けっしてない。説得には高度な技能がからんでいるし、その創造性と高度な技能こそが、しばしば人を魅了するのである。だが説得の達人は、ある種の心理的なルールにのっとって初めて効力をもつ。本書でわたしが強調しようとしたのは、説得の場面で人びとが最も遭遇しそうな心理テクニックだ。それらは二、三の共通テーマを中心としてさまざまに異なる。だが、その強烈な不意討ちに備えるにこしたことはない。


ロバート・レヴィーン
1945年生まれ。米国カリフォルニア州立大学心理学教授。ニューヨーク大学で社会心理学の博士号を取得。異文化間の生活ペースのちがい、および利他主義の心理について研究し、数々の賞を受ける。邦訳書に『あなたはどれだけ待てますか』(忠平美幸訳、草思社刊)がある。

忠平美幸
1962年生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。早稲田大学図書館司書をへて現在は翻訳に従事。おもな訳書に、O・マイヤー『時計じかけのヨーロッパ』(平凡社刊)、S・J・ハイムズ『サイバネティクス学者たち』(朝日新聞社刊)、N・ウィンターズ『空飛ぶ男サントス-デュモン』、R・レヴィーン『あなたはどれだけ待てますか』(以上、小社刊)ほか。