草思社

このエントリーをはてなブックマークに追加

人はどこまで合理的か スティーブン・ピンカー 著 /橘明美 訳人はどこまで合理的か スティーブン・ピンカー 著 /橘明美 訳

特別著者インタビュー

『人はどこまで合理的か』に「再現性の危機」問題は影を落とすか?

本書『人はどこまで合理的か』の中で、著者は心理学研究における「再現性の危機」、すなわち、実験結果を他の研究者が再現できないという問題に言及しています。一方、本書の内容そのものも、多くの心理学実験の結果に依拠しています。「再現性の危機」の問題は、本書の主張に影響を及ぼすことはないのでしょうか?
ここでは特に、本書の多くの箇所で論拠とされている「二重過程理論」について、著者に聞いてみました。二重過程理論とは、人間の思考の仕方には、無意識で高速な「システム1」と、意識的で遅い「システム2」があり、前者は認知バイアスに陥りやすいというもの(本書上巻32ページ参照)。行動経済学者でノーベル経済学賞受賞者のダニエル・カーネマンが著したベストセラー『ファスト&スロー』で有名になりました。
インタビュアーは、批評家のベンジャミン・クリッツァーさんです。

Q. 『人はどこまで合理的か』のなかでは、最近の心理学における「再現性の危機」の問題について取り上げられています。一方で、本書では、ダニエル・カーネマンとエイモン・トベルスキーによる「二重過程理論」に依拠している箇所が多々あります。しかし、最近では、カーネマンの研究・著作や二重過程理論それ自体が、「再現性に問題がある」として批判されていると聞きます。
インタビュアーであるわたしは心理学を専攻していないために「再現性の危機」の問題やカーネマンに対する批判の詳細について正確には把握していません。
ピンカーさんとしては、心理学全体の「再現性の危機」やカーネマンの研究について、現在はどのような意見を抱かれていますか?

A. まず、カーネマンの研究はかなり再現性が高いものだと考えます。彼の研究の主要な部分が、再現性の危機に晒されているとは思いません。
二重過程理論には、やや誇張した表現が含まれてはいます。「システム1」「システム2」とは、認知的な過程の一部は速く、一部は遅いことを示すための、表現上の区別に過ぎません。速い過程の背景に「システム1」というひとつのシステムが存在して、遅い過程の背景には「システム2」というひとつのシステムが存在している、と本気で考えている人がいるとは思いませんよ。二重過程理論は、認知システムに関する特定の具体的な理論というわけではありません。それゆえに、簡単に否定できるものではないのです。
おそらく、二重過程理論の正しさを主に裏付けるのは、「多くの人が直感的には間違った回答をしてしまうが、じっくり考えた場合には正しい回答を理解できる」という、認知反射テスト実験の結果です。このテストは何年にも渡って何千人にも実施されており、実験結果は実に強固なものです。この実験に対する唯一の制限は、認知反射テストは3問しかなく、[認知反射テストの存在が知れ渡ることで]テストを受ける前から問題の内容を知っている人が増えてきた、ということです。しかし、だからと言って再現性に問題があるということにはなりません。ただ単に、月日の経過によって人々の知識が変化した、というだけです。……カーネマンの研究結果が再現性の危機によって損なわれたとは、私は考えません。

認知反射テストは、ピンカーが説明している通り、「時間をかけて考えたら正しい回答がわかるが、直感的に答えると間違った答えをしてしまう可能性が高い」という特性を持った、単純なクイズ問題のことである。行動経済学者のシェーン・フレデリックが考案した。
具体的には、以下の3問(問題の種類は一緒だが、具体的な名詞や数字はテストによって異なる場合がある)。

  1. スマートフォンとケースを1つずつ買うと110ドルになります。スマートフォンの値段はケースの値段より100ドル高いです。ケースの値段はいくらですか?
  2. 8冊のパンフレットを印刷するのに、8台のプリンターで8分かかります。では24台のプリンターで24冊のパンフレットを印刷するには何分かかりますか?
  3. 畑のなかに雑草が生えている部分があります。その面積は毎日2倍の大きさになっていきます。30日で雑草が畑全体を覆ってしまいました。では畑の半分を覆うまでには何日かかったでしょうか?
  4. (『人はどこまで合理的か』上巻、p.31)

Q. わたしも『ファスト&スロー』は読んでおり、「細かいところはともかく二重過程理論の全体的な内容は合っているだろうな」といった印象は抱いておりました。しかし、日本では「再現性の危機が起きたから、カーネマンの理論は信頼できない」といった主張をする人もいるので、ここでピンカーさんに質問しました。

A. もしかしたら、私の知らない問題が存在しているのかもしれません。しかし、私はここ25年間、授業で学生たちを相手に認知反射テストを行なってきており、学生たちは毎年間違った回答をしてきました。カーネマンの研究結果の一部は50年前のものですが、その結果は現在でも変わらないのですよ。
もちろん、カーネマン自身、再現性の危機をもたらすような誤謬に対して注意を払っています。1971年には、カーネマンとトベルスキーは「少数の法則を信じることについて」という論文を書きました。実際には「大数の法則」は存在しても「少数の法則」なんて存在しないのですから、この論文のタイトルはジョークです。
トベルスキーが示したのは、「母集団から抽出された標本に基づいた統計は、その標本の数がどれだけ小さくても、母集団全体の統計と完全に相似する」と、一般の人々だけでなく心理学者も考えてしまう、という誤謬です。この誤謬は、心理学者たちにあまりにも少ない対象で実験を行なわせてしまったり、「再現性を確認する際の対象は多くても少なくてもいい」という間違った考えを抱かせたりしてきました。実際には、実験の再現性を確認する際には初回よりも標本を大きくしなければいけません。そうしなければ、最初の実験の結果が本当に正しかったのか、それともただの幸運から仮説と同じ結果が得られただけなのか、判別が付かないからです。「自分の仮説を支持する結果が実験から得られた」という事実は、「その実験の際には時の運で仮説通りの結果が得られた」という可能性を示唆するのであり、それを確かめるためには[偶然性を低下させるために]より多くの標本で実験して結果を再現しなければいけません。しかし、多数の心理学者が、「すでに仮説通りの結果が得られているのだから、再現性を確かめる際の標本は初回よりも小さくてよい」という、間違った考えを抱いていたのです。これこそが、再現性の危機が起きるに至った理由の一つです。そして、カーネマンとトベルスキーは、この問題について初期から警告してきた心理学者たちなのです。
また、カーネマンは「敵対的共同(adversarial collaboration)」という、安定して実験結果を確かめる方法を提唱してきました。これは、相反する仮説を提唱する二人の科学者が、「結果についてどのように判断するか」ということについて実験をする以前に合意を成立させてから実験を行う、という方法です。カーネマン自身、自分の理論を批判する科学者と共にこの方法に基づいて実験を行いました。実験のデザインは批判者が行い、カーネマンの発見が間違っているのを示すことを目的として実験が行われましたが、それでも彼の発見は再現されたのです。
この実験で確認されたのは、「合接の誤謬(連言錯誤)」に関するカーネマンの発見です。これは、ある物事に関して典型的な表現をした場合、人は「AかつBである」可能性を「Aである」可能性よりも高く判断してしまう、という誤謬です。もちろん、この判断は確率の法則に照らすと間違っています。有名な例が「リンダ問題」であす。リンダという名の「大学では哲学を専攻していて、社会正義に関心の高い女性」について、彼女が現在は「銀行の窓口係である」か「銀行の窓口係であり、フェミニスト運動に参加している」かを質問すると、多くの人は、後者のほうの確率が高いと答えてしまうのです。
敵対的共同実験を行ったときにカーネマンの批判者が提唱していた仮説は、質問の仕方を変えれば「合接の誤謬」は起こらなくなるのではないか、というものでした。つまり、リンダという個人についてではなく、「大学では哲学を専攻していて、社会正義に関心の高い100名の女性たち」について、彼女たちのうち「銀行の窓口係である女性」の人数と「銀行窓口係であり、フェミニスト運動に参加している女性」の人数のうちどちらかが多いかを質問すれば、人は「合接の誤謬」は起こさずに正しい判断ができるのではないか、と考えていたのです。しかし、実際に実験したところ、この質問では「合接の誤謬」の影響は確かに減りましたが、影響自体は依然として存在していたのです。この事例は、カーネマン研究結果がかなり強固なものであることを示しています。
そして、50年経った現在でも、教室でテストを行ってみれば、カーネマンが発見したような誤謬を学生たちが犯すのを再現できるのです。

Q. ご回答、ありがとうございます。こうしてピンカーさんに説明していただき、日本でも「再現性の危機」やカーネマンに対する誤解が解かれやすくなったと思います。

A. そうなればいいですね。

インタビュアー紹介
ベンジャミン・クリッツァー

1989年生まれ。立命館大学文学部英米文学専攻卒業(学士)、同志社大学グローバル・スタディーズ研究科卒業(修士)。著書に『21世紀の道徳──学問、功利主義、ジェンダー、幸福を考える』(晶文社)。「デビット・ライス(Davit Rice)」名義で、倫理学・動物の権利運動・ポリティカルコレクトネス・ジェンダー論などに関する文章や書評・映画評論などを発表している。
晶文社スラップ・ブック連載:「動物と人間のあいだ」
ブログ:「道徳的動物日記」「the★映画日記」

■ この本を購入する

人はどこまで合理的か 上巻

人はどこまで合理的か 下巻