話題の本
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「データの力」が選挙を左右する
――どころではなかった!
「トランプ大統領」を誕生させたケンブリッジ・アナリティカとは?
今年(2018年)5月、イギリスのデータ分析会社「ケンブリッジ・アナリティカ」が破産手続きを申請した。
2016年のアメリカ大統領選挙でトランプ陣営の情報戦争の中枢となった企業である。筆頭株主はトランプの支援者である大富豪のロバート・マーサー、取締役にはトランプ陣営の選挙参謀スティーブ・バノンが就いていた。(このあたりはジョシュア・グリーン著『バノン 悪魔の取引』に詳しい)
同社は創業以来、2億数千万人におよぶアメリカ国民についてのデータベースを作り上げていた。「こうしたデータには、商業ベースの情報源から購入したインターネットの閲覧履歴、購入記録、所得記録、投票記録もあれば、フェイスブックや電話調査で収集された記録もあった」(本書第3章)という。
そのビッグデータの分析に基づいて有権者をターゲットグループに分け(これを「ユニバース」と呼ぶそうだ)、それぞれの特性に応じたもっとも効果的な選挙キャンペーンを行っていた。本書は同社スタッフへの直接取材を通じて、その手法と実態についての貴重な証言を得ている。
イギリスのEU離脱、ロシアの米大統領選介入にも関与?
同社は同年のイギリスのEU離脱投票においてもコンサルタントとして参加しているが、この英国国民投票と米国大統領選において個人情報の不正取得が疑われた。さらに米国大統領選へのロシアの介入疑惑についても、同社の手法が関与していた疑いも持たれ、そうした攻撃のさなかに同社は破産の道を選んだ。
一国の動静をも左右する影響力を「データ分析」が生み出している。もちろんデータによる選挙戦略はネット登場の前から存在してはいるが、デジタル技術の急激な進化によるネットの、SNSの拡大、ビッグデータの分析等々はこれまでになかったスケールの変化を、きわめて見えにくい形でもたらしている。
デジタル技術は自由で民主的な世界を産み出したのか?
本書の著者はイギリスのシンクタンク「デモス(Demos)」ソーシャルメディア分析 センターのディレクター。むろんデジタル技術の進化を否定するものではない。だが、デジタルメディア分析の専門家であるからこそ、いま現在進行形で起こりつつある事態に対して深刻な危機感を覚えている。
たしかにネットの進化は、政治的な国境を越え、言語や文化の違いを超えて、全地球規模での自由な情報の交換と拡散を実現していると言える。SNSがジャスミン革命で活躍したように、旧来の強権による閉塞した抑圧的な社会に風穴があき、そこには自由で民主的な理想の世界が生まれるはずだ。
が、現実はどうなのか。デジタル技術がもたらす革命は、同時に、予想されなかった変化をももたらしている。アラブの春がもたらしたものは何だったか。旧政権の打倒は新たな秩序ではなく果てしない混乱を産み出し、国境をまたぐテロリスト集団を産み出したとさえ言われる。
もちろん、それらすべてをデジタル技術の責に帰することはできない。しかし、デジタル技術の急速な進化がもたらす影響は、人間の行動や思考の基盤を揺さぶり、民主主義社会そのものを揺るがしつつある。それが本書の指摘だ。
「私以上の私のことが知られる」監視社会、そして自由意志のゆくえ
私が何を見て、何に関心をもち、何に「いいね!」を付けたか。そうした痕跡はすべて記録され、ネット経由で吸い上げられて膨大なビッグデータに取りこまれる。それを分析することによって「私が何者か」が驚くべき精度で、「私が知っていた以上に」把握されるという。あらゆる個人のあらゆる行動が把握されてしまう、新たなパノプティコン(全展望監視システム)社会の到来である。
そうして個人特性が知られてしまうと、私の好みに合った商品情報が呈示されれば、私は思わずそれを買ってしまうだろう。商品のかわりに私の感情に心地よい言葉を吐く「候補者」を置けば、その名前を投票用紙に書くだろう。
膨大なデータ分析に覆われた社会で「自由意志」はどこまで自由なのか。
感情が解き放たれ、増幅され、部族化し断片化する世界
民主主義に求められるものは、冷静で論理的な熟考と感情に左右されない抑制の力である。それによって異なる意見も穏当な妥協点を見出していく。だが、インターネットでは直感的で感情的で本能的な思考が増幅されていく。
間違っているのは相手であって、正しいのは自分である。意見をともにする集団が出来、意見を異にする集団と衝突、排除が始まる。こうした「部族」化によって従来の民主主義の下でコントロールされていた暴力性が解き放たれ、世界は妥協点を見失ったまま果てしなく断片化していく。
技術を持つものが世界を独占し、持たざるものとの分断が拡大する
デジタル技術はさらに、それを持つものと持たざるものとの格差を拡大させていく。ビジネスではフェイスブック、ツイッター、アマゾン、グーグルなど自らのプラットフォームを持つ企業がより強力に支配領域を広げていく。
人工知能の発展は旧来の仕事を奪う一方で、新たな仕事を産み出す。だがその「新たな仕事」のスキルを持つ人びとと持たない人びととの収入格差はどんどん拡大していく。こうして世界の分断化は止めようがなく広がっていく。
民主主義の脆弱さが露呈し、人間社会が抱え持つ問題が噴出する
技術の発展はつねに光と影をともなってきた。デジタル技術もまた同様かもしれない。だが、その進化の速度はあまりにも速すぎる。問題の本質を把握し対応しようとしている間に、社会基盤の変容はとっくに先に進んでしまっている。アナログの存在である人間が追いついていないのだ。
民主主義はデジタルではない。そもそも自由と民主主義はあい矛盾するものである。その矛盾を孕んだまま民主主義というシステムはさして進化することもなく、21世紀の今日までなんとか持ちこたえてきた。
だが現在、デジタル技術は民主主義の脆弱さの亀裂を広げ、その亀裂から続々と問題が噴出しはじめている。デジタルという光が、人間社会の抱え持つダークサイドを掘り起こして世にバラまきつつあるのか。
現在進行形の難題の数々を、本書は手際よく整理して突きつける。そこに見えてくるわれわれの社会の未来は、輝くユートピアか、それとも引き返すことのできないディストピアなのか。
(担当/藤田)