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冷たく燃える詩情に戦慄する、衝撃の第二歌集!
「霊魂(プシケエ)と称ばれてあをき鱗粉の蝶ただよへり世界の涯の」
「みなそこにみなもはかげをなげかけてながるる時は永遠の影」
「蓮(はちす)いちりんみちたりて燃ゆ生き死にの条理のよそに浮かむかにみえ」
本書は2013年に連作「忘却のための試論」で角川短歌賞を受賞、2016年にデビュー歌集『忘却のための試論』により現代歌人協会賞を受賞した新進気鋭の歌人、吉田隼人氏による第二歌集です。
本集のページをめくってまず気づかされるのは、文体の洗練です。第一歌集以上にぎりぎりまで研ぎ澄まされた文語の調べと漢語とが緊張感を孕みながら均衡し、古典的な格調の高さが感じられます。
そしてもう一つ驚かされるのが、作品に通底する世界観です。荒涼たるこの世界に生きる苦悩がモチーフとなり、彼岸の森閑とした世界へのあこがれと、此岸での時に毒々しいまでに華やかで劇的な苦しみとが、やはり作品の中に緊迫しながら同居しています。
このことは、西田幾多郎の文章をエピグラフとした作品群をはじめとして、哲学用語が違和感なく歌われていることの理由でもあって、徹底的に厳しい内省を強いたうえで認識された明澄な世界観――伝統的に理想とされてきた「幽玄」に近い境地――がかくも美しく表現されていることは奇跡的といっても過言ではないでしょう。
冷たく燃える詩情を是非ご堪能ください。
(担当/渡邉)
[収録歌より]
うちそとのかなしみのごと風すさび身熱(しんねつ)はただ吹かるるばかり
灯もひとつともしておきぬ たましひのあくがれいづる夜(よ)と知りしかば
生きて在る罪をおもへば山桜うすくれなゐに黙(もだ)してばかり
ともしびのゆらぎのこころ安からずこの世のよその風に吹き消(け)ぬ
こころみだるる陽気のさなか希死の蝶うかみつ消えつ花にただよふ
たまのをのもゆらに鳴りてしづまりしこころにぞなほもゆる火のたま
ふかくれなゐの腹みせて藻のまに消ゆるゐもりのいのち致死の毒もつ
目覚めとは断念の謂(いひ) 春の雪ふりつむさなか駒よいななけ
闇に眼はいよいよ冴えて宙空に息詰まるほど花のまぼろし
みづからを赦しえざりし夜の涯のラムプに焼けて蝶か詩稿か
[「あとがき」より]
パンデミック以前はいちおう自分のなかでルールを決めて歌を作っていました。能う限り文語を用いること、「われ」「わが」「吾」といった語を用いないこと、助詞の「が」を主格で用いないこと、内面の空虚と肉体の荒廃とを『試論』より洗練されたかたちで表現すること、など。ルールに反した歌および性に関する表現を含む歌はほぼすべてこの集からは落としました。
中井英夫が『黒衣の短歌史』に採録した「光の函」という吉井勇と釈迢空について触れた文章で、意味の追求から解放され、空虚ななかにただひたすら光を湛えただけの函のような歌を称揚し、また別の箇所でそうした歌の詠み手として浜田到を挙げていたことがこのような集を編む気持ちにさせたようなところがあります。
目次
内心の春
のちのこころの
瞑想録(レ・メディタシオン)
全休符
アンチ・ノスタルジア
二十歳(はたち)より先は晩年
穢土に春
青の時代
結晶嗜癖(クリスタロフィリア)
永遠なるものの影
Self-Destruct System
やまぶきのしみづ
建築の寓意
勝ち逃げの自殺
駒よいななけ
うたびとの墓
抹消と帝政
Bibliographie
あとがき