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ヒトラーはなぜ北欧に「総統都市」を置こうとしたのか。

1934年4月12日、ヒトラーはノルウェーのフィヨルドを視察に訪れました。その時、彼の眼には、自らのユートピア都市が重なって見えていたのかもしれません。
ナチスにとって、ノルウェー人はそのナチス的世界観の人種ヒエラルキーの頂点にある存在でした。そのため、ナチスはノルウェーをほかの占領地のように一方的に蹂躙するのではなく、「同胞」として自ら第三帝国の一員となるように仕向けるという、異例の対応が行われていました。さらには、ヒトラーはこの地を「もう一つの第三帝国の重要都市に改造する」という野望を抱き、そのための建築・都市計画の構想を計画していました。その計画を図面等の資料を詳細に読み解き分析したのが本書です。
◆ナチスから見たノルウェー建築との連続性
まず、ナチスにおいて、ノルウェーの建築とドイツの建築がどういう関係にあると考えられていたのでしょうか。ナチスは、ノルウェーの農村建築と、ドイツのそれが似ていると主張し、その理由が「祖先の土地の風景を集団的な人種的記憶として持っている」からだと主張しています。つまり、建築が似ていることが、同じルーツの血を持つことと同義になっているのです。このような理論建てによって、建築さえも、ドイツがノルウェーを占領する「正当性」の理由の一つになっていたのです。
◆北欧を第三帝国にするための建築計画
ここから具体的な計画の分析に入ります。ノルウェーを第三帝国にするために構想された代表的な建造物として、「スーパーハイウェイ(高速道路)」「レーベンスボルン」「兵士の家」「庁舎」、そしてベルリンやミュンヘンに並ぶ「総統都市」として計画された「ニュー・トロンハイム」があり、これらについての分析を試みます。
具体例を見てみると、ドイツとノルウェーを物理的にも精神的にも結ぶ目的で構想された「スーパーハイウェイ」ですが、他の占領国では、高速道路は即物的な機能を優先して建設されていたのですが、これに対しノルウェーでは、「その美観をうまく取り込んだように設計せよ」というお達しがありました。その「美」とは、ナチスの美学に合うかどうかが重要であり、ノルウェーの自然をそのまま残すということとは少し異なっていましたが、それでもこれ1つとっても、ナチスにとつてノルウェーがいかに他の占領国と違い、かつ重要なものであるのかがうかがえます。
◆ドイツ、ノルウェーそれぞれの人々
また、ヒトラーをはじめ、シュペーア、ヒムラー、ゲッペルスといった要人たちは、計画に対してどのような思惑を抱いていたのかという、内部の権力闘争についても細かく触れられています。一方、ナチスの様々な計画に対して、現地ノルウェーの人々、なかでも建築家はどのような態度だったのでしょうか。ノルウェー現地の熟練建築家であったスヴェレ・ペデルセンについて多くの記述がなされていますが、シュペーアたちさえもドイツ人の案より優れていると認めざるを得なかった彼が、どのようにふるまっていたのかは要注目です。
◆ナチスの幻想は消え去ったのか?
著者は最後に、その計画が現在に残したものとは何かと問いかけます。というのも、一部のインフラはそのまま残り、現在でも利用されているからです。ナチスの理想のためにつくられた都市は、いま何らかの影響を与えているのか、否か。建造物の形態と政治・思想の関係を考えさせる、圧倒的な力作です。
目次
1 北欧を美化する過程:ナチス占領下のノルウェーに関するドイツの報道記録
2 新秩序のノルウェー:スーパーハイウェイ(高速道路)からスーパーベビー(優等人種の子供たち)までのインフラ構築
3 ドイツ人気質の島々:占領下のノルウェーにおける兵士の家
4 ノルウェーの町のナチ化:戦時下の都市生活と環境の形成
5 フィヨルドに築くゲルマン都市:ヒトラーのニュー・トロンハイム計画

