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ラスト・トリオのドラマーの回想記
瀕死のビル・エヴァンスを病院に送る
1980年9月15日、マンハッタンのマウントサイナイ病院でビル・エヴァンスはその生涯を閉じた。51歳だった。
ビル・エヴァンス・トリオは、マンハッタンのライブハウス「ファット・チューズデイズ」に出演していたが、体調悪化が激しいエヴァンスは演奏を続けられなくなった。
彼はずっと病院行きを拒んでいたが、ドラマーのジョー・ラ・バーベラの必死の説得によりマウントサイナイ病院へと向かう。その途中の車内でエヴァンスは血を吐いた。
ラ・バーベラがその時のことを回想する――。
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私たちは何とか緊急救命室の入り口にたどり着き、車を停めた。
私はビルの身体を抱きしめなければならなかったことが三回あると前述した。これが三回目で最後となった。
私は彼を病院に運び込んだ。二人とも全身血まみれだった。頭の中は、彼の体重がないも同然だということでいっぱいだった。
ほんの二年前は元気で力強く見えたこの人が、もはや骨と皮だけになってしまっていたのだ。私はビルを診察室に運んだが、彼のまなざしがすべてを語っていた。
――彼には二度と会えないのだろうと。
***********(第19章 1980年9月15日)
アルバム『We Will Meet Again』の録音
ジャズ界の非常に多くのミュージシャンに大きな影響を与え、いまだ至高の音楽家として愛されつづけるビル・エヴァンスの「ラスト・トリオ」のドラマー、ジョー・ラ・バーベラがエヴァンスとの二年近くの日々を綴ったのが本書。
音楽一家に育ち、プロの音楽家としてキャリアを重ねた著者にとって、エヴァンスはつねに憧れと敬愛の対象だったという。ベースのマーク・ジョンソンとともに、後に「ラスト・トリオ」と呼ばれたこのピアノ・トリオが生み出していく、誰の想像をも超えた深く純粋な音楽を著者は全身で受け止めていた。
トリオは二年足らずの短い期間だったが、アメリカ国内はもとよりヨーロッパや南アメリカで数多くの演奏を精力的にこなした。パリでのコンサート(アルバム『The Paris Concert』)、そして伝説的なヴィレッジ・ヴァンガードでのライブ(アルバム『Turn Out The Stars』)。そして、この間、唯一スタジオで製作されたアルバム『We Will Meet Again』の録音の様子はこう綴られる。
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私たちはマンハッタンにあるCBSの三十丁目スタジオでレコーディングを行った。
私は興奮していた。レコーディングの経験は以前にもあったが、今回はビル・エヴァンスとだ。ビルとのレコードというのは私にとって一大事で、しかも奏者としての参加だ。私はその成功を願った。
セッションは、八月六日から九日までの四日間にわたって行われた。雰囲気はとても明るく前向きなものだった。マイルス・デイヴィスが『カインド・オブ・ブルー』や、『ポーギー&ベス』、『スケッチ・オブ・スペイン』といった多くのスタジオ・セッションをこのスタジオでレコーディングしたことは有名だった。
ラリー(サックス)とトム(トランペット)は、『カインド・オブ・ブルー』のセッション時のマイルスとジョン・コルトレーンの立ち位置をビルに聞いて、それぞれその場所に陣取った。ピアノの位置は私から三メートルも離れていなかった。
ビルの要望で、私たちはヘッドフォンを使用しなかった。そのため私たちは、よく聴いて、なおかつ適切な音を出すことに集中せざるを得なかった。それは結果として本当によかった。
私たちはセッションのリハーサルをやらなかった。ビルはいつも通りのやり方でレコーディングを進めた。私たちがスタジオに着くと、楽譜がそこにあり、テープを回す前に主な部分をざっと読んで、誰がソロを取るか話し合い、それから演奏を開始した。
***********(第7章 We Will Meet Again)
このアルバム『We Will Meet Again』は見事にグラミー賞を受賞している。最後の収録曲「We Will Meet Again」は少し前に自殺した兄ハリー・エヴァンスに捧げられた曲だった。そしてこのアルバムが、ビル・エヴァンスの最後のスタジオ録音となった。
音楽家エヴァンス、そして人間エヴァンスの生身の姿
ビル・エヴァンスのトリオは、演奏者どうしの緊密なインタープレイが驚くほど純粋な高みにのぼっていく至上の音楽を生み出している。まさにその共演者でしかわからない体験を著者ラ・バーベラは回想していく。
音楽に対するきびしい厳しい姿勢と深い哲学に触れるとともに、音楽を離れての人間エヴァンスのさまざまなエピソードも綴られる。著者の娘に曲を書いてくれたり、演奏をキャンセルしてしまったあとで、そっと詫びを入れたり。と同時に、その生命削ることになった薬物依存についてもしっかりと見据えて描かれている。
本書は全篇にわたってビル・エヴァンスに対する限りない敬愛の想いにあふれる、静かな感動を与えてくれる回想記。著者は本書をこの文章で終えている。
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私はビル・エヴァンスが残りの人生で、自分の肉体の衰弱を不屈の精神で克服するのを何度も目撃した。彼はよくこう言っていた。私の外側はボロボロかもしれないけれど、内側はきれいなままだ。それは本当だったに違いない。
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(担当/藤田)