草思社

話題の本

このエントリーをはてなブックマークに追加

神秘主義、象徴主義の極北を、論理と音韻が共振れする日本語に移した圧倒的訳業!

古井由吉翻訳集成
――ムージル・リルケ篇
古井由吉 訳 ロベルト・ムージル、ライナー・マリア・リルケ 著

2020年2月に逝去した日本文学界の巨星・古井由吉は、ドイツ文学者としてそのキャリアを始め、ニーチェ「悲劇の誕生」の下訳(未刊行)、ヘルマン・ブロッホの長篇小説「誘惑者」、ロベルト・ムージルの中篇小説「愛の完成」「静かなヴェロニカの誘惑」の翻訳を手掛けました。

ピリオドからピリオドまで半ページから一ページにまでわたることがあるような、長いセンテンスを特徴とするブロッホやムージルの文章を、苦しみながら日本語に移していくうちに、「自分の日本語を納得したいという気持」から大学を辞し、専業の作家の道を歩むことになります。

ムージルの二作品は、その後岩波文庫とムージル著作集に収められる際の二度にわたって、徹底的に手が入れられます。本書はムージル著作集版を底本としました。

六十代になって訳されたのがライナー・マリア・リルケの連作詩「ドゥイノの悲歌」です。『詩への小路』に収められたこの全十歌の翻訳は、「無論、試訳である。訳文と言ってもよい」として散文訳された「ドゥイノ・エレギー訳文」です。

ムージル「愛の完成」「静かなヴェロニカの誘惑」、リルケ「ドゥイノの悲歌」は、神秘主義、象徴主義の極北とも言える難解な作品ですが、古井由吉が作家人生を通じて追求してきた「論理と音韻が共振れする」日本語に見事に移されています。この圧倒的な訳業を是非お楽しみください。

(担当/渡邉)

内容紹介

神秘主義、象徴主義の極北を、
論理と音韻が共振れする
日本語に移した圧倒的訳業!

ロベルト・ムージル「愛の完成」「静かなヴェロニカの誘惑」
ムージル著作集版を底本とし、世界文学全集版「解説」、岩波文庫版「訳者からの言葉」を併録。

ライナー・マリア・リルケ「ドゥイノの悲歌」
『詩への小路』で試みられた散文訳「ドゥイノ・エレギー訳文」全十歌を収録。
解説=築地正明

読者にはたいそう難解な作品を提供したようにおそれられる。しばらく、読みすすんでいただきたい。初めの一節二節をこらえて吟味していただきたい。まもなく、これがこれなりに明解な文章であることに気づかれることだろう。しかも明解さをしだいに解体していく、そのような質の明解さである、と。あるいは明解さをいきなりその正反対へ転ずる、と。その背後にはきわめて厳密な知性がある。そして厳密の知性と超越の感情、きりつめた把握と果てしもない伸長という、独特な結びつきがこれらの作品の基調となっている。そのことを読者はやがて感じとられるだろう。
(ロベルト・ムージル「愛の完成」「静かなヴェロニカの誘惑」/循環の緊張――岩波文庫版「訳者からの言葉」より)

誰が、私が叫んだとしてもその声を、天使たちの諸天から聞くだろうか。かりに天使の一人が私をその胸にいきなり抱き取ったとしたら、私はその超えた存在の力を受けて息絶えることになるだろう。美しきものは恐ろしきものの発端にほかならず、ここまではまだわれわれにも堪えられる。われわれが美しきものを称讃するのは、美がわれわれを、滅ぼしもせずに打ち棄ててかえりみぬ、その限りのことなのだ。あらゆる天使は恐ろしい。
(「ドゥイノ・エレギー訳文」より)

目次

ロベルト・ムージル
愛の完成
静かなヴェロニカの誘惑

訳者解説
「かのように」の試み――世界文学全集版「解説」
循環の緊張――岩波文庫版「訳者からの言葉」

ライナー・マリア・リルケ
ドゥイノ・エレギー訳文――『詩への小路』

解説
言葉の音律に耳を澄ます――翻訳と創作の関係について 築地正明

初出一覧

訳者紹介

古井由吉(ふるい・よしきち)
一九三七年、東京生まれ。六八年処女作「木曜日に」発表。七一年「杳子」で芥川賞、八〇年『栖』で日本文学大賞、八三年『槿』で谷崎潤一郎賞、八七年「中山坂」で川端康成文学賞、九〇年『仮往生伝試文』で読売文学賞、九七年『白髪の唄』で毎日芸術賞を受賞。二〇一二年『古井由吉自撰作品』(全八巻)を刊行。ほかに『われもまた天に』『書く、読む、生きる』『連れ連れに文学を語る 古井由吉対談集成』など著書多数。二〇二〇年二月死去。
この本を購入する