草思社

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現代中国の政治とビジネスの関係をこれほどヴィヴィッドに描いたものは珍しい。

私が陥った中国バブルの罠 レッド・ルーレット
――中国の富・権力・腐敗・報復の内幕
デズモンド・シャム著 神月謙一訳

 本書は上海の貧しい教師の家に生まれた著者が新中国の経済発展の時代に生きて大成功をおさめ、そして習近平時代を迎えて失脚するまでを回想した半生記である。個人の体験を書いているのできわめて具体的で、こんなこと書いていいのかと思うほど実名入りの各種エピソードを交えて書いている。海外の書評などを読むと、これほど新中国でのビジネスと政治の関係を内側からヴィヴィッドに書いたものは珍しいとのことである。

 2012年に北京の環状高速線でフェラーリが激突炎上事故を起こした。運転していた青年と同乗の二人の女性は死亡、女性たちは半裸だった。男は胡錦涛の側近中の側近、令計画の息子(令谷)だった。「赤い貴族」と言われる党のエリートの腐敗した生活の象徴と騒がれ、一大スキャンダルになった。次期中央委員ともいわれた令計画はこれで失脚した(2016年に終身刑)。著者は令谷をよく知っているが、たしかに車好きではあるものの他の乱れた「赤い貴族」の子弟のような感じではなかったという。どちらかというと思索的な男だった。「私には、何かが違うような気がした」と書いている。令計画はこれが仕組まれた事件だと主張していた。

 胡春華という政治家が次世代のホープと言われている。この秋(2022年)の党大会で習近平の第三期目の続投が決まるだろうと言われているが、次は胡春華がチャイナ7(中央政治局常務委員会)に名を連ねるという噂もある。かつて、この胡春華と並び称される次世代のホープと言われたのが孫政才である。この二人は非常に似たような出世コースを歩んできた。
「彼(胡春華)と孫政才が2022年に空席となる二つのトップのポストに就くように育てられているのは明らかだった。唯一の問題は、どちらが党の総書記として頂点に立ち、どちらがナンバーツーとして総理になるかである。」(201頁)

 2017年9月、本書の主人公の一人、著者の元妻であるホイットニー・デュアン(段偉紅)が拘束され失踪したが、孫政才も同年、汚職でつかまり終身刑を受けている(本書口絵に裁判でうなだれる孫政才の写真が入っている)。孫は習近平体制の中で権力抗争に敗れ、粛清されたと見ていい。ホイットニーは温家宝首相の夫人である張培莉(張おばさん)に可愛がられ、温家宝一族の資産形成のアドバイザー的な存在だった。温家宝が退いていく中で新たに有望な政治家と組んで(後見してもらい)仕事をしていこうと考えていた。その一人が先ほどの令計画であり、もう一人がこの孫政才だった。二人とかなり親しかったというエピソードが本書には書かれているが、ホイットニーの失踪もこれらの粛清劇の一環であると考えられそうである。

 本書の終りの方で著者は次のように書いている。
「もし令計画と孫政才が粛清されなかったら、今ごろは二人とも中央政治局常務委員になっていただろう。そして、中国共産党は、1980年代に鄧小平が生み出した集団指導体制という考え方を維持していただろう。」
 毛沢東独裁という過去を反省して、集団指導体制をとり、改革開放経済下で一大成長を遂げた中国が再び習近平独裁という誤った選択に向かっているという危惧がこの本の最終的な結論のようである。

(担当/木谷)

著者紹介

デズモンド・シャム(desmond shum、沈棟)
1968年に上海で身分の低い教員の家庭に生まれる。9歳のとき香港に移住し、名門の皇仁書院に入学する。アメリカのウィスコンシン大学で金融と会計を学び、1993年に卒業、香港に戻って株式仲買人となる。その後、投資会社に勤務しているときに、のちに妻となるホイットニー・デュアンと出会い、共同で都市開発事業に乗り出す。二人は、改革開放の好景気に乗って、北京空港の物流センターや北京中心部の再開発などの事業を成功させ、莫大な資産を築く。現在はホイットニーと離婚し、一人息子とイギリスに在住。

訳者紹介

神月謙一(かみづき・けんいち)
翻訳家。青森県生まれ。東京都立大学人文学部卒業。大学教員を17年間勤めたのち現職。主な訳書に、『微生物・文明の終焉・淘汰』(ニュートンプレス)、『デジタル・エイプ:テクノロジーは人間をこう変えていく』(クロスメディア・パブリッシング)など。
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