草思社

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経済を武器に世界をがんじがらめにする共産党中国の見えない戦争

中国はいかにして経済を兵器化してきたか
ベサニー・アレン著 秋山勝訳

年々、軍事的脅威をあからさまに見せつけている中国は、一方では世界第2位のDGPの経済力と世界中の企業の垂涎の的である巨大市場を背景として、世界経済への見えない支配力を強めている。それはもはや経済を「兵器化」させたものと言え、本書ではさまざまな領域におけるその実態を詳細にレポートするものである。

権威主義的エコノミック・ステイトクラフトという脅威

 著者はキーワードとして「エコノミック・ステイトクラフト」を用いる。これは「国家が政治的目的を達成するため、軍事的手段ではなく経済的手段 を使って他国に影響力を行使すること」と定義され、世界の多様な場面に見られる行為である。が、問題はその主体が「権威主義政府」である「中国共産党」だということだ。

―――――――
▽中国の権威主義的エコノミック・ステイトクラフトは、「政治最優先」を意図し、その意図を隠そうともしない。…国内外の経済活動に対する国家統制を強める第一の目的は、純粋に経済的な目標の達成ではなく、政治的目標――中国共産党の政治的利益を高めるためにある。しかもそれは、中国共産党が世界をよりまともな場所にすると考える普遍的な理念に基づくものではなく、党の自己利益を第一に考えて綿密に定義されている。

▽人類史を見れば、支配者が自身の政治的意志を他者に強要するため、経済的威圧を使った例は枚挙にいとまがない。とはいえ、現在の中国のように、これほど組織的かつ世界的な規模で試みられた例はなく、既存の自由民主主義を覆すため、それに反する考えをあからさまに唱える国家事業が行われ たことなどなかった。
―――――――(イントロダクションより)

コロナ・パンデミックを好機ととらえた強権国家

 本書は「コロナ・パンデミック」から始まる。中国武漢から拡散したといわれるコロナ禍において、はじめは中国への批判・非難が集中したが、中国共産党はこれを逆手に取った。対応法が不明のうちに世界中に感染が広がり、アメリカは世界最多の感染者を抱えて機能不全に陥っていた。

 だが中国は大規模封鎖、接触追跡、集団検査をいちはやく実施、感染者の拡大を一気に抑え込んだ。権威主義政府つまり強権的な政府ならではの対応だった。ここぞとばかり習近平は高らかに宣言する。

「果敢に戦い、果敢に勝利することは 中国共産党の際立った政治的特徴であり、われわれの際立った政治的優位性である」

パンデミックの混乱に乗じて情報操作し弾圧を進める

 さらに中国はパンデミックの状況につけ込んでさまざまな策動を始める。

―――――――
▽(この)状況につけ込み、香港に対して権威主義体制を押しつけた。これは一九八四年にイギリスとのあいだで署名した「英中共同声明」に背くばか りか、世界的な金融ハブとしての香港の地位を兵器化することで、世界のどこの国であろうと自国に反対する意見を弾圧しようとした。

▽また、ソーシャルメディアを使って情報操作も行っていた。ニセ情報の拡散には国外の有力なプラットフォームが使われていた。ニセ情報自体はパンデミック前の二〇一九年、香港の民主化デモの際にすでに確認されていたが、本格化したのはやはりパンデミックの最中だった。ウイルスを蔓延させたという非難の矛先をかわすため、中国政府はその責任をアメリカやイタリア、あるいは他国にある低温物流の倉庫、さらにはウクライナにあるはずだというアメリカの生物兵器の研究所に転嫁しようとした。中国にすれば、自国以外の組織や機関、国であればそれでよかったのだ。
―――――――(イントロダクションより)

 こうして習近平の中国共産党は、コロナ・パンデミックを利用することで自らの権力を強化していった。もちろんそれが成功したとは言い切れない。世界では中国の威圧に従わざるを得なかった国や企業が多数あらわれた一方で、中国への警戒心を核心的な脅威へとみなす動きも出てきている。

 本書はコロナ・パンデミックを導入として、経済的威圧の手法、国内の情報統制、さらに世界中の中国人への監視体制の強化、さまざまなスパイ活動の詳細など、多面におよぶ中国共産党の支配戦略を検証するものである。

(担当/藤田)

本書目次

イントロダクション コロナ・パンデミック
それは武漢から始まった/二〇二〇年一月、ダボス会議/若き眼科医の警告と死/世界の物語を中国共産党が書き替える/アメリカの機能不全、中国の「成功」/パンデミックこそ中国が攻勢に転じる好機/世界最大の中国市場へのアクセスを「兵器化」/民主主義的エコノミック・ステイトクラフトの構築/保守派、進歩派それぞれの脆弱性/世界に拡大していく中国の「核心的利益」

第1章 権威主義的エコノミック・ステイトクラフト
オーストラリアワインへの制裁関税/中国共産党の政治的利益のための制裁措置/ハリウッドは中国批判ができない/ノルウェー、フィリピン、韓国への経済制裁/ウイグル弾圧批判と台湾訪問に対する報復措置/巨大な経済力を政治力や外交力に変換する

第2章 マスクに群がった世界
マスクの主要供給国だった中国/名古屋で買い占められたマスクが中国へ/トランプ政権下の危機的なマスク不足/米国で「国防生産法」発動が検討される/アメリカにとっての「産業政策」/中国の軍民融合戦略――「ファーウェイ」と人民解放軍/トランプがしかけた米中貿易戦争/医療機器の戦略的備蓄措置

第3章 中国の「二重機能戦略」
国境を越える統一戦線組織の工作活動/各国の中国人に命令を伝達する

第4章 ハニートラップと姉妹都市
「どこに行っても彼女がいた」/中国大使館主催の「米中姉妹都市会議」/はじめてアメリカを訪れた若き習近平の思い出/「一帯一路」構想と姉妹都市交流の役割/そして女スパイ、クリスティン・ファンは姿を消した/ロシアや中国がよく使っている手口/在米中国人工作員と中国系コミュニティー/姉妹都市提携と引き換えのパンデミック支援/台湾都市の提携事業に中国外交官が「懸念」

第5章「ズーム」イン
ネット検閲を拒否すれば中国市場から追放/史上初のバーチャル天安門事件追悼会議/中国政府がズームをシャットダウンする/参加者全員のユーザー情報を提供せよ/IDとパスワードが中国の治安当局者に/ニセのアカウントから会議へのクレームを送信/FBIの起訴状で暴かれた「悪魔との取引」/中国における事業展開で「戦略的優位性」が得られる/秘密のままにされる中国政府の秘密工作/国家管理を強化する「中国サイバー・セキュリティ法」/中国政府の要求に応じたアップル/中国政府はあらゆるものを奪い続ける/グーグルの秘密プロジェクト「ドラゴンフライ」/北京の強制に自由市場は対抗できない

第6章 WHOと中国共産党
テドロスは中国政府の対応を称賛する/「中国によるWHO支配」を理由にトランプは脱退を表明/アフリカ系住民への強制検査と隔離/台湾を非難するテドロス/パンデミックの起源に関するデータを隠匿する中国/中国とエチオピアの密接な関係/元保健大臣としての姿を現したWHO事務局長

第7章 ニセ情報(ディスインフォメーション)戦略
ツイッターを利用した情報操作/急激に膨れ上がった中国メディアのフォロワー数/政府のプロパガンダを海外へ拡散、海外からの情報は遮断/「ウイルスはアメリカの生物兵器」説を展開/トランプの情報戦と中国の情報戦の類似点

第8章 オーストラリアの戦い
党幹部の狙いは「戦わずして勝つ」/大学内に機密情報提供者の大規模ネットワーク/安全保障上の懸念が高まる中国/豪州ダーウィン港の九九年間のリース契約/オーストラリア上院議員と中国人不動産業者の癒着/他国の主権に対する中国の干渉/人民解放軍上将と西側政府要人との交流/トランプの登場、TPP脱退、習近平との会談/世界中の民主主義国が直面する共通の課題/「インド太平洋戦略枠組み」の承認/あらゆる領域に中国はスパイを配している/「ファーウェイ」をオーストラリアから締め出す/オーストラリアに対する「十四の不満」

第9章 香港で何が起こっていたのか
アメリカ市民である民主化活動家への逮捕状/あらゆる人物、あらゆる国を対象とする国家安全維持法/中国が激怒した「二〇一九年香港人権・民主主義法」/世界のどこに行っても中国人に逃げ場はない/他国からの制裁を阻止する「反外国制裁法」

第10章 政治利用された中国製ワクチン
WHOに承認されなかったロシア製ワクチン/イラン、ジョージアへの中国製ワクチン大量供給/中国製ワクチンへの懸念が広がる/台湾のワクチン確保を中国が妨害/出口を見いだせなくなった中国

第11章 民主的な経済戦略のために
何が中国の権威主義的国家資本主義を台頭させたか/新しいリバタリアン正統主義が広がっていく/中国の人権問題と貿易問題を切り離したクリントン/暴走する自由市場資本主義への激しい非難/権威主義的エコノミック・ステイトクラフトへの対抗/民主主義国がなすべきこと/経済行為を守る民主主義的ガードレールの強化/個人と企業の経済安全保障の強化/国際的なアクション――民主主義国による集団行動/経済的威圧に対抗するための集団的経済防衛協定/国際機関への調停申し立て/経済的強制力の弱体化――救済と回復力/効果的な抑止に必要なコミュニケーション/中長期的リスクの軽減/官民連携でレジリエンスを改善/制度的能力の向上を目ざした国内措置/抑止力――将来に向けた防火対策/懲罰による抑止/結論

著者紹介

ベサニー・アレン(Bethany Allen)
ニュースサイト「アクシオス」の中国担当レポーター。「パナマ文書」の分析で知られる国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)の「中国文書」プロジェクトの主任記者、『フォーリン・ポリシー』の記者・編集者を経て現職。2020年にロバート・D・G・ルイス・ウォッチドッグ賞を受賞、さらにこの年、ジャーナリズム界の勇気をたたえるバッテンメダルの最終選考に選出される。中国語が堪能でこれまで中国に4年間在住。現在は台湾で暮らしている。

訳者紹介

秋山勝(あきやま・まさる)
翻訳者。立教大学卒。日本文藝家協会会員。訳書にドイグ『死因の人類史』、コヤマ、ルービン『「経済成長」の起源』、ホワイト『ラザルス』、サウトバイ『重要証人』、ミシュラ『怒りの時代』、ローズ『エネルギー400年史』、バートレット『操られる民主主義』(以上、草思社)、ウー『巨大企業の呪い』、ウェルシュ『歴史の逆襲』(以上、 朝日新聞出版)など。
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