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晩年に成し遂げられた、日本近代文学史上の奇蹟

黄昏の光 吉田健一論
松浦寿輝 著

松浦寿輝氏は、十代後半に初めて出会ってから、吉田健一の文章を五十年以上にわたって読み返してきたといいます。氏は一九八七年、三十三歳の時に吉田健一『ヨオロツパの世紀末』筑摩叢書版に解説「視線と記念碑」を寄せることになりますが、それ以降、吉田についての批評やエッセイを幾篇も執筆し、対談や講演を行ってきました。

本書はそのすべてを一冊に収めたもので、「冬枯れの池」(二〇一五年発表)に本年(二〇二四年)付記として加えられた文章は七十歳の著者によるものです。

この間一貫して変わらないのは、吉田が描く「黄昏の光」への関心です。本書の中で繰り返し引用される短篇小説「航海」の一節をご覧ください。

「夕方つていふのは寂しいんぢやなくて豊かなものなんですね。それが来るまでの一日の光が夕方の光に籠つてゐて朝も昼もあつた後の夕方なんだ。我々が年取るのが豊かな思ひをすることなのと同じなんですよ、もう若い時のもやもやも中年のごたごたもなくてそこから得たものは併し皆ある。それでしまひにその光が消えても文句言ふことはないぢやないですか」

「人生のなかでいちばん輝く時間」として老いを捉えた吉田健一が、実際その晩年に成し遂げた「文業の質と量、豊かさと密度の高さ」を、松浦氏は「日本近代文学史上の奇蹟の一つ」と評します。「深く濃密な文学的な興趣を湛えた、すばらしいエッセイや小説ばかりだった」。

なぜこうした成熟が可能だったのか。松浦氏が解き明かす「今もなお大きな謎でありつづけている」吉田健一の魅力を是非ご一読ください。

(担当/渡邉)

内容紹介

批評、エッセイをはじめ、講演録、対談録まで、
吉田健一論を集成。

その晩年に成し遂げた文業の質と量、
豊かさと密度の高さを
「日本近代文学史上の奇蹟」の一つと評する、
吉田健一の人物と作品の魅力を解き明かす。

わたしは吉田健一のエッセイや評論や小説を若い頃からずっと愛読してきました。吉田さんの文章は三十年、四十年にわたって読み返しつづけても、まだまだ面白い、汲めども尽きせぬ魅力に満ち溢れている文章です。同じものを何度読み返しても決して飽きることがない、稀有な魅力を備えた文章を彼は書いた。
(「黄昏の文学」より)

目次


黄昏の文学
光の変容


森有正と吉田健一
すこやかな息遣いの人
冬枯れの池
大いなる肯定の書
生成と注意
吉田健一の「怪奇」な官能性
プルーストから吉田健一へ
吉田健一の贅沢
時間を物質化する人
視線と記念碑
変化と切断
「その日は朝から曇つてゐたですか、」
黄昏と暁闇
因果な商売
わたしの翻訳作法


黄昏へ向けて成熟する 清水徹氏との対談
夕暮れの美学 吉田暁子氏との対談

あとがき

著者紹介

松浦寿輝(まつうら・ひさき)
一九五四年、東京都生まれ。詩人、小説家、批評家。著書に詩集『冬の本』(高見順賞)、『吃水都市』(萩原朔太郎賞)、『afterward』(鮎川信夫賞)、『松浦寿輝全詩集』、小説『花腐し』(芥川賞)、『半島』(読売文学賞)、『名誉と恍惚』(谷崎潤一郎賞、Bunkamuraドゥマゴ文学賞)、『人外』(野間文芸賞)、『無月の譜』(将棋ペンクラブ大賞文芸部門大賞)、批評『エッフェル塔試論』(吉田秀和賞)、『折口信夫論』(三島由紀夫賞)、『知の庭園 19世紀パリの空間装置』(芸術選奨文部大臣賞)、『明治の表象空間』(毎日芸術賞特別賞)など多数。
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