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中国が台湾に固執しつづける理由とは?

【文庫】「中国」という捏造
――歴史・民族・領土・領海はいかにして創り上げられたか
ビル・ヘイトン 著 小谷まさ代 訳
【文庫】「中国」という捏造

*第7章「『領土』の捏造」より要約

中国が台湾に固執しつづける理由とは?

「境界の外側」から「不可欠な領土」へ
 現代において中国(中華人民共和国および中華民国)が主張する「台湾は古来より中国の不可分な領土である」という言説は、歴史的事実などではなく、20世紀に構築されたナショナリズムの産物であるという側面が強かった。そのことが、当時の公文書や知識人の言説から浮かび上がってくる。

清朝時代の認識は「危険な辺境」と放棄
 清朝にとって台湾は、長らく「統治の及ばない外側」の土地だった。1684年に台湾を部分的に併合した(清朝は台湾・澎湖に「台湾府」を設立、福建省の管轄下に置く)。その後も、清朝はこの島を「好戦的な原住民と死の病が蔓延する危険な辺境地域」と見なしていた。清朝が台湾を正式に「省」と宣言したのは1885年のことであり、併合から実に200年後のことだった。
 しかし、そのわずか10年後の1895年、日清戦争に敗北した清朝は下関条約によって台湾を日本に割譲する。この際、清朝政府は日本との衝突を避けることを優先し、現地で「台湾民主国」を宣言して抵抗したかつての臣民に対し、いかなる支援も行わないよう厳命した。当時の一般国民にとっても、台湾の喪失は威信を傷つけるものではあっても、実生活に支障のない「一棟二軒住宅」の一方を失うような感覚であったという。

革命家と初期ナショナリストの無関心
 清朝を打倒した孫文ら革命派や、近代中国の知の巨人である梁啓超らも、当初は台湾の奪還にまったく関心を示していなかった。
 孫文にとって日本統治下の台湾は、将来の中華民国の一部にするよりも、清朝打倒のための武装蜂起の足場としての価値の方が高かった。孫文が台湾を中国へ返還するよう要求した事実は一度もなかった。
 1907年、梁啓超(清朝末期の啓蒙思想家)は台湾の民族運動家に対し、「我々は祖先を同じくするが、今は異なる国にいる」と語り、日本政府に抵抗して命を無駄にするなと助言している。
 さらに、1912年に成立した「中華民国臨時約法(暫定憲法)」では、中華民国の領土を「二十二の省」と明確に定めていた。当時、台湾は二十三番目の省であったため、この定義は台湾に対する領有権を公式に放棄していたことの明確な証拠と言える。

地理学教育による「領土意識」の捏造
 1920年代から30年代にかけて、国民党政府は国家防衛のために「地理学」を政治利用しはじめた。中国近代地理学の父と呼ばれる竺可楨やその教え子である張其昀らは、教育を通じて国民に愛国心を植え付ける任務を担った。
 張其昀が作成し、中国全土の学校で使われた教科書『本国地理』の地図には、驚くべきことに台湾が描かれていなかった。当時の知識人にとって、中華民国の「自然な形」とは清朝崩壊時の境界線(台湾を含まない)を指していたからだ。
 その一方で、かつて列強に奪われた土地を強調する「国恥地図」が普及し、国民に「国土喪失の恐怖」と「恥の意識」を植え付けた。日本に奪われたものとして台湾も含まれている。これにより、実在しない「最大限の中国」というイメージが国民の頭の中に作り上げられていった。

1942年、地政学的戦略による劇的な転換
 台湾に対する認識が劇的に変化したのは、第二次世界大戦中の1942年頃だった。日本敗戦の可能性が高まる中、蔣介石は地政学的な観点から台湾の重要性を再発見する。
 蔣介石は台湾を「外国の侵略に対する防波堤」および「国恥を雪(すす)ぐ証」と定義し、国土の支配を取り戻すという意味の「光復」という言葉を用いて主張を一変させた。
 1943年の蔣介石の著といわれる『中国之命運』において、蔣介石は台湾、澎湖諸島、チベット、モンゴルなどを「国家存続のための砦」と呼び、民族構成に関わらずこれらを維持しなければ国家の防衛障壁が失われると説いた。

最後の砦としての台湾
 1940年代後半、国共内戦で共産党に追い詰められた蔣介石に対し、地理学顧問の張其昀は「防御が容易で、インフラが整備され、共産党支持者が少ない台湾こそが最後の砦である」と進言した。蔣介石はこの助言に従い、1949年に台湾へ撤退した。
 このように、台湾は歴史的に「境界の外側」の存在であり、初期の中華民国や共産党(1941年頃までは独立を支持)にとっても自国領土とは見なされていなかった。しかし、20世紀のナショナリズム教育と、戦時下の生存戦略、そして冷戦構造における国民党の「砦」としての必要性によって、後天的に「中国の不可欠な領土」という定義が捏造され、定着していった。

「領土ノイローゼ」とも呼べる国民感情
 ではなぜ、国民党を追い出した中国共産党が台湾を「中国の一部」と主張するようになったのか。
 共産党政権において領土の完全性は「国家の復活(民族復興)」の絶対条件と見なされている。習近平政権下では、清朝末期以降の「国恥」を雪ぎ、失われた土地をすべて取り戻すことこそが、共産党による統治の正当性を証明するものとなっている。つまり台湾を「未回収の領土」として支配下に置くことは、彼らにとって歴史的使命そのものなのである。
 中国の近代教育において「国恥地図」などの地理教育により、たとえ歴史的に統治が及んでいなかった地域であっても、「本来は中国のものである」という強烈な領土意識が国民全体に浸透した。習近平政権はこの「領土ノイローゼ」とも呼べる国民感情を背景に、地図の表記一つにまで厳格な法的規制(測絵法など)を敷き、台湾を「神聖不可分の領土」として固定化することで、ナショナリズムを統治の動力源にしている。

習近平が台湾に固執する理由とは
 前述のように、1940年代に張其昀らが台湾を「外国の侵略に対する防波堤」や「中国の国防に不可欠な砦」と定義し直しているが、この地政学的な認識が現在の中国共産党にも引き継がれている。太平洋への出口を確保し、アメリカなどの外部勢力を牽制するうえで、台湾は「最後の砦」であり、ここを掌握しない限り、中国の安全保障上の完成はあり得ないという執着に繋がっている。
 習近平が台湾に固執するのは、それが単なる土地の所有権の問題ではなく、「屈辱の歴史を終わらせるという政治的象徴」、「国民の愛国心を繋ぎ止めるための装置」、そして「国家安全保障上の死活的な戦略拠点」という三つの側面を併せ持っているからだと言えよう。
(了)

(担当/藤田)

著者紹介

ビル・ヘイトン(Bill Hayton)
英国のシンクタンク王立国際問題研究所(チャタム・ハウス)のアジア太平洋プログラム研究員、BBCワールドニュースのジャーナリスト。著書に『南シナ海』(河出書房新社刊)など。

訳者紹介

小谷まさ代(こたに・まさよ)
翻訳家。富山県生まれ。富山大学文理学部卒業。主な訳書に、『中国共産党』(リチャード・マグレガー著、第23回アジア太平洋賞大賞)『中国「絶望」家族』『日本帝国の申し子』(以上、草思社)、『成功にはわけがある』(講談社)、『I LOVE YOU, MOM』(ぶんか社)、『心ひとつで人生は変えられる』『完全なる治癒』(以上、徳間書店)などがある。
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