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儀式が先か、宗教が先か、部族が先か? 答えは「本能が先」である!

儀式があるから人はそれを模倣するのか、それとも儀式を模倣する「本能」が先にあるのか。
超現実的な現象があるから人は神を信じるのか、それとも神を信じる「本能」が 先にあるのか。
部族があるからアイデンティティが形成されるのか、それとも部族を生み出す「本能」が先にあるのか。
■ビッグデータを取り入れた全く新しい考古学
本書は、これらの本質的かつ答えるのが困難なテーマに対し、果敢にも「本能が先にある」という回答を示す、刺激的な書である。この難題にこたえるのは容易ではないが、著者は、考古学で蓄積された知見に、「ビッグデータ」というサイエンスの手法を融合させることで、それを実現している。さらに、革命後のリビアや、ワールドカップブラジル大会に赴き、当事者を対象にした「自然実験」を行うことで、フィールドワークの手法も見事に組み合わされており、革新的な書籍となっている。
著者は、オックスフォード大学社会人類学教授であり、社会結束研究センターの所長を務め、人間文化の進化的基盤に関する世界有数の専門家として知られる。
■人類の歴史をつくった「3つの本能」とは?
本書の核となる「3つの本能」について具体的に見ていこう。
・第1の本能「順応主義」
順応主義は、目的が不明瞭な行動(儀式)さえも模倣し、集団への所属を証明しようとする本能である 。4〜5歳の子供たちに、女性がテーブルの上の色鮮やかな物体を特定の順番で回したり叩いたりする動画を見せ、その後、「物がすべて元の場所に戻される」場合と「1つの物が最終的に銀色の箱の中に入れられる」場合を見せる実験がある。この場合、目的があるように見える後者の方が被験者がよりマネしそうだと思われるが、実際にはなんと、目的性がない前者の方が模倣される割合が高かった。つまり、人類にはあらかじめ、行動を模倣し、集団に順応しようとする本能が組み込まれているのである。
・第2の本能「宗教性」
宗教性は、心身二元論や超自然的な行為主体を信じやすい脳の進化上の副産物であり 、かつては支配者の権威を正当化し、後には「道徳的評価を示す宗教(枢軸性)」として大規模社会の統合を支えた 。赤ちゃんを対象にした実験で、物理法則に従う映像と、物理法則に反する映像(壁をすり抜けるボール、空中に浮く物体)を見せ、その注視時間を測定すると、後者のほうが有意に長時間見つめることが判明した。人間には、あらかじめ超常的な力に引き付けられる本能があり、このことが宗教性へと繋がっていくのである。
・第3の本能「部族主義」
部族主義は、儀式などの強烈な共有経験を体験させることで、個人のアイデンティティが集団と溶け合う「アイデンティティ融合」を引き起こし、時に自己犠牲を厭わない強力な団結を生み出すものである 。
■3つの本能の発展
これらの本能は、歴史においてどのように拡張されたのだろうか。
・順応主義の拡張
順応主義においては、狩猟採集から農耕への移行期に、儀式が「日常化」していった。それは、稀で強烈な儀式から、頻繁で標準化された儀式への変化が、見知らぬ人同士を共通のアイデンティティで結ぶ「想像上のコミュニティ」を可能にしたからであり、その結果として、大規模社会の形成と未来志向性を形成するに至った。
・宗教性の拡張
宗教性では、超自然的権威の社会が複雑化するにつれて、宗教が社会統制の道具として「手懐けられ」ることになった 。先祖崇拝による規範の強制から始まり、超自然的な力を持つとされる支配者の神格化、そして人身御供による恐怖支配へと発展した 。しかし、社会規模が100万人を超える「メガ社会」になると、それらに代わり、普遍的な正義や公平さを説く「枢軸性」が、多様な民衆を統合する新たな接着剤となった。
・部族主義の拡張
部族主義については、大規模な軍隊を動かすために、小規模な絆である「融合」を巨大な集団に投影する「拡大融合」や、妥協不可能な「聖なる価値観」が発明されることで拡張され、その結果として、帝国主義や聖戦、現代の過激主義の基盤となったと論じられる。
■人類の本能は、いまでは機能不全を起こしている
このようにして3つの本能は拡大し、人類の発展に多大な貢献をもたらすが、これらの本能はいまとなって、現代の人類とミスマッチを起こし、様々な不都合を招いている。
順応主義に基づく資本主義の習慣が気候危機を招き 、宗教性は広告やメディアにハイジャックされて消費主義や社会的分断を助長している 。また、部族主義に支えられた軍事技術の進化は、核時代において全人類の生存を脅かしている 。現代社会は、人類の本能をハックすらしているのだ。
■人類の本能を新たに生かす道
では、人類の本能は、もはや現代では有効ではなくなっているのか。本書では、最後に本能をもう一度、人類の未来のために有効に利用する道筋を示している。パプアニューギニアの「キヴング運動」などの知見を頼りに、市民議会による合意形成や新たな「日常的儀式」の導入によって、バイアスを賢明に管理し直すことを著者は提案している 。人類が共通の起源と運命を分かち合う単一の部族「テラ部族」として自らを再定義し、拡大融合の力を平和的協力と地球保護へと向かわせることで、文明を救い、持続可能な未来を築いていく可能性を記している。
科学的・歴史的根拠とともに、人類の本能が歴史を形作った展開と、今日における限界と解決策までを示すのは圧巻である。
危機の時代において、ヒトの本性を見直し、あるべき平和な未来を考えるためにぜひ一読いただきたい1冊だ。
(担当/吉田)
